思考は旅をする。でも、戻る場所がある。――落ち込みや不安から自分に戻る、呼吸という錨

人間の思考は、ほっておくと旅に出ます。
過去へ、未来へ、答えのない場所へ。

あのとき、なぜあんなことを言ってしまったのか。
これからどうなってしまうのだろう。
自分はやっぱりダメなのかもしれない。

思考は瞬く間に時間と空間を超えて、
気づけば遠いところまで行ってしまっています。

それは人間だけに与えられた、豊かな能力です。
でも時々、旅から戻れなくなる。
落ち込みが止まらない、不安が頭をぐるぐるする、やる気が出ない、自分を責め続ける——そういうとき、思考はたいてい「今ここ」にいません。

ここで一つ、知っておいてほしいことがあります。

それはあなたのせいではありません。
思考が旅に出るのは、人間の脳の自然な働きです。
問題は旅に出ることではなく、戻り方を知らないことなのです。

戻る場所は、いつもここにあります。
身体です。そして、呼吸です。

どんなに思考が遠くへ行っても、呼吸は今この瞬間にしか存在できない。
吸っている息は、今。吐いている息も、今。
呼吸は「今ここ」への、最も短い帰り道です。

この記事では、なぜ思考が旅に出るのか、
なぜ呼吸が錨になるのかを、
身体の仕組みから一緒に確かめていきたいと思います。
そしてその帰り道を、あなた自身で見つけてほしいのです。

目次

思考が旅に出るのは、仕組みである

脳は意識的に活動している時、例えば集中して勉強したり、仕事をしたり
または会話をしたり、読書をしたりしている時には旅には出ません。

思考が旅に出る時は

・ぼんやりと空想にふけっている時
・将来の計画を立てたり、過去の出来事を思い出したりしている時
・自分自身のことについて考えている時
・他人の気持ちを推測しようとしている時

のようなときです。

脳は何もしていないと感じる時でも、完全に休止しているわけではなく、
裏側で活発に情報を整理したり、シミュレーションを行ったりしています。
脳の内面的なネットワークが働いているのです。

いつでも動けるように準備しているわけで、
これは脳のアイドリング状態ともいわれています。

そしてこのとき、情報の整理と統合、自己意識の形成、創造性の発揮のような
重要な役割をしているのです。

これは、脳の標準機能なのです。
だから思考が旅に出るのはあなたのせいではないのです。

ただ、働きすぎるとデメリットも生じます。
過剰に活動すると、意識が「今、ここ」ではなく、過去の後悔や未来の不安へとさまよい続けてしまいます。これが心の迷走であり、
脳のエネルギーの大部分(約60〜80%)を消費してしまうため、
脳疲労の原因になるとも言われています。

だから、戻ってこれることが大切なのです。

身体→情動→思考という順序

① 身体が先に反応している

私たちは、何かを見たり感じたりした瞬間に、
すでに身体が変化しています。

  • 心拍数が上がる
  • 呼吸が一瞬止まる、または浅くなる
  • 筋肉の緊張がわずかに高まる

これは「考える前」に起きている反応です。
この段階では、まだ
「怖い」「嬉しい」といった意味づけはされていません。

ただ身体の状態が変化しているだけです。

② 情動として“感じる”

次に、その身体の変化が
「なんとなくの感覚」として立ち上がります。

  • ざわざわする
  • 落ち着かない
  • ほっとする

これが「情動」です。

まだはっきりした言葉ではないけれど、
身体の中で“何かが起きている”と感じている状態です。

③ 思考が意味をつける

そして最後に、思考が働きます。

  • 「これは不安かもしれない」
  • 「嬉しいのかも」
  • 「どうしてこう感じるんだろう」

ここで初めて、
体験に“名前”や“理由”がつきます。

このように、脳は出来た順番のように働いているのです。
先に動くのは生命を守るための古い仕組みで、まず危険か安全かをとても速いスピードで判断します。
この段階では、まだ言葉はありません。

そして少し遅れて、言葉や思考をつかさどる“新しい仕組み”が働きます。
ここで初めて「怖いのかもしれない」「安心している」
といった意味づけが行われるのです。

▶脳が身体をどう認識しているか。

呼吸だけが「今ここ」に存在できる

呼吸を深くすることは、安全であるというメーッセージを届け、自律神経の闘争と逃走が終わりを告げます。
副交感神経が優位になり身体が落ち着いてよい状態であることを示すのです。
それは呼吸が唯一の、意識的な自律神経の入り口だからです。

意志の力で感情を変えようとするより、呼吸に意識を向けることで身体に戻り、
神経系が自然に落ち着いていく。

思考は過去にも未来にも行ける。
でも呼吸は今この瞬間にしかない。

吸う息も吐く息も、今。これが呼吸が錨になる理由です。

呼吸を意識することで、旅に出ている思考は、今ここにある呼吸をしている身体という家に、
いつでも帰ってくることができるのです。

頑張って気持ちを切り替える必要はありません。
ただ、呼吸を感じればいい。

▶呼吸を変えると思考が変わる理由について書いています。

旅から戻る呼吸、一つだけ

リラックスして行いましょう。正しい呼吸を探さなくてよいです。

STEP
息を吐く

吐けるところまで吐いたら少しだけ次の呼吸を待ちます。

STEP
息を吸う

ゆっくりと自然に任せて息が入ってくるのを感じます。
余裕があれば背中が膨らむのをイメージしましょう。

今、「呼吸している」という感覚が戻ったとき、思考も少し静かになっていると思います。

いつでもできるので、力を抜いてただ呼吸を感じてください。

※もし一人で感じるのが難しいときは、
音声で呼吸をたどる方法もあります。
記事下からLINEへ登録できます。

▶呼吸筋が硬いときは、安心のメッセージが届きにくくなることがあります。

戻る場所は、いつもここにある

脳はいつも準備をしているので、
思考の旅はいつでもどこでも立ち上がり、そして続きます。

でもそれでいいのです。
ただ、戻り方を知っている人と知らない人では、同じ嵐の中でも全く違う体験になります。

戻りたい時に戻れることがわかっていれば、
安心して旅に出ることができます。

身体はいつでも思考の帰りを待っています。
そして呼吸はいつでもそこにある、最も身近な錨。
自分を責めるより、一度息を吐いてみてください。

▶身体が安心するとどんなサインが出るのかについて書いています。

プロフィール

自画像イラスト

櫻井 凛
ピラティスインストラクター

寝たきりから再起。呼吸と身体を再構築する伴走者として

65歳でギラン・バレー症候群を発症し、一時は寝たきりに。しかし、長年培ったピラティスと神経系の知見を自らに注ぎ込み、再び装具をつけて少し歩けるまで回復しました。

現在は「3年後に独歩」を目標に自ら身体を再構築しながら、40代からのしなやかな心身を作るために、呼吸を通して身体と会話しながら整える方法を発信しています。

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