リハビリは、身体との再会。ギラン・バレー症候群が教えてくれた「1mmの奇跡」

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突然、自由を奪われた朝。ピラティス指導者が直面した「1mmの奇跡」

2023年5月。前日のピラティスレッスンの最中、
筋肉がふっと抜けるような感覚が2回ほどありました。
その時は「なんだろう?」と思う程度でしたが、翌朝、事態は一変していました。

目が覚めると、足が立たない。
昨日まで当たり前に動いていた身体が、自分の意志を拒絶している。
抱えられて病院へ向かった私は、そのまま入院することになりました。

診断は「ギラン・バレー症候群」。

ピラティスインストラクターとして身体の仕組みを伝えてきた私が、
自らの身体の制御を完全に失ったのです。

「半年もすれば戻れるだろう」という当初の淡い期待は、すぐに打ち砕かれました。
半年が過ぎても、ベッドの上で腕が2、3cm上がるだけ。
座ろうとすれば赤ちゃんのようになぎ倒されてしまう。
「一生、車椅子かもしれない」……そんな絶望の中にいた私を救ったのは、
かつて学んだ「神経系と内臓ネットワーク」の微細なつながりでした。

この記事では、私が寝たきりの状態から、いかにして脳と身体の再接続(リハビリ)を行い、
再び歩ける事をめざせるまで回復しているのか。
その過程で見つけた「1mmの奇跡」を起こすための身体の聴き方を、
専門家の視点からお伝えします。

赤ちゃんのように「歩く」を再学習する

2024年4月。1年近い月日を経て、私は歩行器を頼りにようやく一歩を踏み出しました。
そこで始まったリハビリは、私にとって驚くべき体験でした。
体幹強化のために指導されるエクササイズの多くが、
かつて私が教えていたピラティスの動きと酷似していたのです。

大人が「歩くこと」を再学習するのは、恐怖との戦いでもあります。
筋肉が弱り、骨で無理やり支えて立っている今の身体は、一歩間違えれば見事に倒れてしまう。
赤ちゃんは「怖い」という感情が芽生える前に、
1日中スクワットのような動きを繰り返して身体をマスターしていきますが、
大人のリハビリはそうはいきません。

どこに力を入れればいいのか、脳からの電気信号がどこを通ればいいのか。
先生に筋肉を叩いてもらいながら、「ここだよ」「そこなの?」という問いかけを繰り返す毎日。
それは、自分の身体との果てしない対話でした。

1日1mmの神経が繋ぐ、未来への希望

神経は1日に1mmしか繋がらない」と言われます。 けれど、裏を返せば「1日1mmは繋がる」ということ。3年後には装具なしで歩けるかもしれない。そう信じて、私はベッドの上で自主練を繰り返していました。

リハビリを通して、私は理論として知っていた脳と神経のつながりを、今、全身でリアルに体験しています。
動かない筋肉をカバーしようと、他の部位が必死にバランスを取り、
全身で回復の一歩を探っている。その「健気なまでの連携」に、私は何度も涙が出そうになります。

身体は、私を裏切ったのではありませんでした。
動かない部分がある一方で、生きようとする他の部位が、全力で私を支えてくれていたのです。

リハビリは、筋肉と「内側」の通信網を繋ぎ直す作業

私はリハビリを通じて、一つの気づきを得ました。
呼吸を整え、インナーマッスルを動かすことは、ただ筋肉を鍛えるだけではありません。
それは、神経のネットワークを刺激し、
身体の「内側の通信網」をメンテナンスする作業でもあったのです。

▶脳の中の身体地図とも深く関係しています。

動かない足を繰り返し刺激して、
脳に、ここに足があるよと伝え、
脳が忘れてしまった筋肉の場所を繰り返し伝える作業でした。

できなくなることを数えるより、今の変化を愛おしむ

この年齢になると、つい「できなくなったこと」ばかりを数えてしまいがちです。
けれど、病気という経験は、私に「できることが増えていく喜び」を思い出させてくれました。

毎日毎日、変化する身体と向き合う。
動かない筋肉に「ここだよ」と声をかけ、わずかな反応を一緒に喜ぶ。
それは、病気がもたらしてくれた、不自由さの中にある「小さな幸せ」なのかもしれません。

今もなお続くリハビリの道。私は今日も、身体との対話を続けています。

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プロフィール

自画像イラスト

櫻井 凛
ピラティスインストラクター

寝たきりから再起。呼吸と身体を再構築する伴走者として

65歳でギラン・バレー症候群を発症し、一時は寝たきりに。しかし、長年培ったピラティスと神経系の知見を自らに注ぎ込み、再び装具をつけて少し歩けるまで回復しました。

現在は「3年後に独歩」を目標に自ら身体を再構築しながら、40代からのしなやかな心身を作るために、呼吸を通して身体と会話しながら整える方法を発信しています。

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