私は長い間、香り、とくに香水が苦手でした。
強く主張する感じ、長く残り続ける感じ。
それらがどこか身体に合わず、香りはできるだけ避けるもの、という位置づけでした。
そんな私が、ある時、自分の好きな香りをベースにした
アロマフレグランスを作ってもらう体験をしました。
半信半疑で香りを重ね、出来上がったものをそっと香ってみた瞬間、
驚くような感覚がありました。
「消したい」ではなく、
「いつまでも香っていたい」 と、身体が感じていたのです。
理由は分かりませんでした。
ただ、胸のあたりが少しゆるみ、
気づくと呼吸が深くなっていました。
何かを整えようとしたわけでも、
リラックスしようとしたわけでもありません。
ただ、香りを嗅ぎたくなった。
それに伴って、自然に呼吸が起きていた。
そんな体験でした。
身体は、前とは違う香りを選んでいた
その後、同じ場所で、同じように香りを選ぶ機会がありました。
以前と同じ香りを選ぶものだと、どこかで思っていました。
けれど実際には、
気づくと 前とは違う香り に手が伸びていました。
迷った記憶はありません。
変えようと意図したわけでもありません。
ただ、自然に選んでいたのです。
後から振り返ると、
その時の身体の調子、疲れ具合、気持ちの状態と、
選んだ香りがどこか一致しているように感じました。
「香りは好みで選ぶもの」
そう思っていましたが、
もしかすると 香りは、その時の身体を映しているのかもしれない
そんな考えが浮かびました。
香りは、言葉を使わずにそばにいられる
もう一つ、忘れられない体験があります。
中学生の孫に、アロマフレグランスを作ってあげたことです。
勉強が忙しい時期で、彼に作ってほしいと頼まれました。
彼がどんなふうに感じたかは、彼のものです。
ただ、眠る前によく使っていたとお嫁さんが話してくれました。
香りは、頑張らせない形で
安心に寄り添うことができるのかもしれない。
そう感じた出来事でした。
呼吸に意識を向けることが、なぜ安心につながるのかについてはこちらの記事で書いています。

香りは、整えるものではなかった
これらの体験を通して、
私の中で香りの位置づけは変わりました。
香りは
・気分を変えるためのもの
・状態を良くするためのもの
ではありませんでした。
今の身体に気づくための入り口。
そして、
呼吸に戻るための合図。
香りを嗅ぎたくなるとき、
それは同時に
「呼吸したくなる状態」でもあるのかもしれません。
無理に吸おうとしなくても、
深くしようとしなくても、
嗅ぐ、という行為そのものが
呼吸を連れてくる。
そんな関係が、確かにありました。
選ぶ精油によって、ほんの少し自分の身体の状態がわかるかもしれない
ここで書くのは、
「この精油を選ぶとこうなる」という話ではありません。
ただ、
「今の身体が、こんな香りを心地よいと感じることがある」
という、体験としての傾向です。
● ラベンダー
ラベンダーを心地よく感じるとき、
身体はすでに「休む準備」に入っていることがあります。
頭はまだ動いているけれど、
身体は静かになりたがっている。
そんなときに、選ばれることが多い香りです。
● 柑橘系(オレンジ・ベルガモットなど)
柑橘の香りを軽やかに感じるとき、
身体は重くなりすぎずに、呼吸に戻りたがっているのかもしれません。
張りつめすぎず、
でも沈み込みすぎない。
そんな“ちょうど中間”を探しているときに
選ばれることがあります。
● ウッディ系(シダーウッドなど)
ウッディな香りを安心して感じるとき、
身体は輪郭を求めていることがあります。
考えが先に走り、
身体の感覚が遠くなっているとき、
足元に戻るための合図として
選ばれることがある香りです。
● ハーブ系(ローズマリーなど)
ハーブの香りがすっと入ってくるとき、
身体は「目覚める」というより、
はっきり感じたい状態なのかもしれません。
ぼんやりしているとき、
呼吸の輪郭を確かめたいときに
選ばれることがあります。
● フローラル系(ローズ、ゼラニウムなど)
フローラルの香りを心地よく感じるとき、
身体は「緩んでも大丈夫」な状態を探していることがあります。
私自身は、正直に言うと
フローラル系はあまり得意ではありません。
それでも、
こうした香りに安心する人がいることもいるでしょう。
外に向いていた注意を、
そっと内側に戻したいとき、
選ばれることがある香りなのかもしれません。
感じ方は人それぞれ
同じ香りを選んでも、感じ方は人それぞれです。
そして、
同じ人でも、日によって選ぶ香りは変わります。
香りは診断ではなく、
今の身体の声を、少しだけ聞くためのきっかけ。
それくらいの距離感で、ちょうどいいのだと思います。
香りの好みは、
嗅覚と感情、自律神経の状態が重なって決まると言われています。
そのため、
体調や疲労、緊張の度合いによって
「心地よい」と感じる香りが変わることは、
生理学的にも不自然ではありません。
科学的な補足:なぜ香りは呼吸につながりやすいのか
ここで少し、科学的な視点を補足します。
嗅覚は、五感の中でも珍しく、
思考を介さずに感情や自律神経と関わる感覚です。
香りの情報は、脳の中で
感情や安心・警戒に関わる領域に、直接近い経路で届きます。
また、
呼吸は自律神経と双方向につながっています。
呼吸を変えれば神経が変わり、
神経の状態が変われば、呼吸も変わります。
そのため、
「心地よい香り」→「安心」→「呼吸が自然にゆるむ」
という流れが起きやすいことは、
生理学的にも自然だと考えられています。
重要なのは、
香りが呼吸を「操作する」のではなく、
呼吸が起きやすい状態をつくる という点です。
呼吸から自律神経、内臓にもつながる関係をこちらで書いています。

香りや精油について、
成分や研究などをもう少し知りたい方は、
以下のような情報も参考になるかもしれません。
☛Sense or AROMA 香りの存在意義を嗅覚研究の視点から
香りは、なくてもいい。でも、あってもいい
呼吸は、もともと私たちの中にあります。
香りがなくても、呼吸はできます。
没入も起こります。
けれど、
呼吸に入りづらい日、
意識が散りやすい日、
少しだけ助けがほしい日には、
香りを、ほんの少し借りてみる
という選択肢があってもいい。
強く嗅ぐ必要はありません。
長く使う必要もありません。
「香りがあるな」と感じるくらいで、十分です。
おわりに
香りは、呼吸の代わりにはなりません。
けれど、
呼吸の扉をノックすることはあります。
嗅ぎたくなる、という感覚が、
呼吸したくなる、という感覚と
静かにつながっている日もある。
なくてもいい。
あってもいい。
身体がそうしたい日に、
そっと借りるくらいで、
ちょうどいいのだと思います。

