きっかけは、暑くなり始めた頃のことでした。
室内履きの臭いが気になり、靴を洗いたくなったのです。
私は靴下を履くのがあまり好きではないので、裸足で靴を履いています。
案の定、暑さとともに臭いが気になり始め、「これは洗わなければ」と思い立ちました。
ところが、少し困ったことがありました。
装具をつけて靴を履くことと、足先をうまくコントロールできないことから、普段は少し大きめの靴を履いています。
同じ大きさの靴は外用にはあるのですが、室内履きの予備はありません。
でも、洗いたい。
そこで、以前買ってみたものの、装具をつけると履けなかった少し小さめの靴を引っ張り出してみました。
履いてみると、「あれ? なんだかとてもフィットする。」
今まで装具をつけていて履けなかった靴が、思いのほか足に馴染んでいます。
「ん? もしかして、これで歩けるかも?」そう思いました。
もちろん、少し勇気がいりました。
装具を外して、杖を使って、リビングを歩いてみる。すると……
歩けた。
「えー……」
思わず声が出るような驚きと一緒に、感動がこみ上げてきました。
できた。
夏までに装具を外したいと思っていた
昨年から、自分の中でひとつの目標がありました。
今年の夏には、装具なしで歩けるようになりたい。
そう思って、リハビリを続けてきました。
でも、夏が来ても、なかなかその時はやってきませんでした。
いつの間にか、「今年の夏は、まだ難しいのかもしれない」と、少しあきらめかけていたのです。
そんな矢先の出来事でした。
まさか、靴を洗いたいと思ったことがきっかけで、その目標に近づいていることに気づくなんて。
本当に驚きました。
そして同時に、今までやってきたことは、ちゃんと身体の中に残っていたんだ。
そんな気持ちになりました。
また頑張ってみよう。
そう思えた瞬間でした。
変化がないように感じていた時間
実はこの頃、少し迷っていたのです。
同じようなリハビリを繰り返していると、
「果たして、これで効果があるのだろうか」
「もう少し違う方法があるのではないか」
そんなことを考えることもありました。
椅子から立ち上がるための筋力をつける。
歩くための運動をする。
ピラティスで体幹を鍛える。
そんな毎日が1年以上続いていました。
もちろん、本当に少しずつ強くなっている感覚はありました。
でも、目標にしていた「装具を外して歩く」というところまでは、まだまだ遠いように感じていたのです。
少しじれったい気持ちもありました。
同じような動きを繰り返して、
「本当にこれで大丈夫なの?」
「効いている気がしないけれど、他に何かした方がいいのでは?」
そんな気持ちになることもありました。
身体は、見えないところでも変わっていた
私の病気では、一度ダメージを受けた神経と筋肉の働きを、少しずつ取り戻していく時間が必要です。
以前の記事にも書きましたが、私にとっては「1日1mm」。
一気に変わるのではなく、少しずつ、気長につないでいく。
そして今回のことを経験して、これは脳と身体の関係にも似ているのかもしれないと思いました。
身体を動かしているときには、
「今、どれくらい変わったのだろう」と、なかなか分かりません。
毎日同じようなことをしていると、昨日との違いにも気づきにくい。
けれど、身体はその間も少しずつ変化していた。
今回、たまたま今まで履けなかった靴を履いてみたことで、そのことに気づくことができました。
すぐに結果が見えないからこそ
近年は「タイパ」という言葉が当たり前になるほど、短い時間で結果を出すことが求められるようになりました。
身体についても、
「これをすれば変わる」
「短時間で効果が出る」
という分かりやすい言葉に、私たちは惹かれます。
私自身も、リハビリを続けながら「もっと効率のいい方法があるのでは」と思ったことがあります。
でも、今回の経験で改めて感じたのは、
身体の変化は、いつも目に見える形で現れるわけではない
ということでした。
同じような動きを繰り返しているように見えても、その中で身体は少しずつ学習しているのかもしれません。
筋肉も、神経も、身体のそれぞれの場所が、もう一度連携して動こうとしている。
どこか一つだけを鍛えればいいのではなく、身体全体がそれぞれの役割を思い出しながら、少しずつつながっていく。
だからこそ、時間がかかるのだと思います。
▶身体が変わっていく時間について、こちらの記事でも書いています。

「続けてきてよかった」と思えた日
今回の出来事は、私にとって大きな変化でした。
でも、装具無しで歩けるようになったことだけが嬉しかったわけではありません。
変わっていないと思っていた時間にも、ちゃんと意味があった。
そのことを、自分の身体から教えてもらったような気がしたのです。
身体を動かしていると、
「これを続けて何になるんだろう」と思う日もあります。
それでも続けていると、ある日ふと、
「あれ?」
と思う瞬間がやってくるのかもしれません。
できなかったことができるようになったり、
以前より少し楽に動けたり、
今まで気づかなかった身体の感覚に気づいたり。
変化は、いつも大きな出来事としてやってくるとは限りません。
小さな変化だからこそ、自分で気づいたときの喜びは大きい。
今回の私は、まさにそれでした。
身体を動かすことは、やっぱり人を変えるのだと思う
「身体を動かすことが、誰かを変える。」
今回の体験を通して、私は改めてそう思いました。
もちろん、すぐに変わるわけではありません。
思うようにいかない日もあります。
同じことの繰り返しに飽きることもあります。
「本当にこれでいいのかな」と迷うこともあります。
それでも、身体を動かすことを続けていると、気づかないところで何かが変わっていることがある。
そして、その小さな変化に自分で気づけたとき、
「もう少し続けてみよう」という気持ちが生まれる。
私にとって今回の「あれ、歩ける。」は、そんな出来事でした。
簡単には変わらない。
でも、変わらないように見える時間の中でも、身体は少しずつ変わっているのかもしれない。
だから私はこれからも、
身体を変えようと焦るのではなく、身体が変わっていく時間を信じて、動き続けてみようと思います。
▶私がこの身体でピラティスを伝えている理由については、こちらに書いています。


